摂南大学看護学部
看護学教育のDX 化 ~臨地実習支援システムの導入~

新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に、教育現場ではオンライン授業が推進され、クラウドサービスを活用した場所を問わない学修環境が普及してきました。摂南大学看護学部においても大学全体のBring Your Own Device( BYOD) 推進の方針を背景に、電子教科書の導入や実習記録の電子化を進めてきました。学生が自身のデバイスを持参して学修するBYOD は、「いつでも、どこでも学べる」環境を整えると同時に、将来の医療現場で求められるICT 活用力の育成につながります。
実習記録のクラウド上で管理する臨地実習支援システムの導入により、教員や実習指導者から学生へタイムリーな指導・助言が可能となり、実習における学修効果の向上が期待されます。さらに、実習記録(実習日誌の作成や看護過程の展開)がシステム上で一元管理され、在学中を通じた学修ポートフォリオとして蓄積されることで、振り返りが容易となり、連続性・一貫性をもった教育の展開につながります。
1.システム導入に至る経緯と導入までの準備
本学では従来、個人情報保護の観点から、学生の学修内容が書き記された記録を臨地実習終了後に回収せざるを得ず、学生自身が貴重な学修の記録を蓄積できないという課題を抱えていました。このことは学生の看護実践能力の形成にとって大きな損失になり得ると考えました。また、紙媒体の記録冊子は厳重にしていても、紛失等による個人情報の漏洩のリスクを完全に排除することは難しく、管理が十分とは言えませんでした。薬学部では、実習記録のクラウド化が進んでいることを把握していましたが、薬学生と看護学生では記録内容が全く異なっているので、同様の対応は難しいと認識していました。こうした中、新型コロナウイルス感染症の拡大により社会全体のDX が加速したことを受け、実習記録のクラウド化について本格的に実現可能性を検討することとなりました。
2.本格導入までのプロセス
導入にあたっては、全国の薬系大学で実習記録・管理システムの提供実績をもつ企業から、複数回にわたり全教員が説明を受けました。説明会の初期には、多くの教員が従来の紙媒体の記録への依存が大きく、「クラウド化のメリットは?」「個人情報の保護は十分なのだろうか?」「学生や指導者が使いこなせるのか」などの懸念が示されました。しかし説明会を重ねる中で、個々の教員が少しずつメリットも感じ始め「専門領域ごとに異なる記録様式をシステム化できるか」「関連図の作成に対応できるか」「教員のコメント入力欄を設けられるか」など、導入検討から実際の運用に向けた内容に議論が移行しました。提供企業がTeams のチャネルを実習ごとに作成し、教員からは具体的な要望等を投稿することでカスタマイズを随時依頼しました。
運用はスモールステップで進め、まず1 年次の基礎看護学実習から実習記録の一部をシステム上で運用、3 年次前期の学内演習で事例の看護展開に使用するなど、段階的に拡大しました。併せて電子教科書を導入し、配布資料をPDF 化したことで、学生にとっては臨地実習先へ端末を持ち込めば実習中に調べ学習ができるようになり、利便性も向上しました。領域実習前には、研修会で学生も交えて意見交換をしました。
また、記録の電子化には通信環境が前提となるため、実習病院には導入2 年前からシステムの概要を説明し、院内Wi-Fi の利用、またはWi-Fi ルーターの持ち込みについて許可を得ました。
3.臨地実習システム導入の利点
臨地実習で本格的に導入を開始したシステムについて、その評価を目的にステークホルダーである学生も交えてFD 研修会を開催しました。現在導入している電子教科書や、実習の電子記録システムについて、活用状況を共有すると共に、学生も交えて現状の課題や改善策をディスカッションしました。当初、想定していたメリットは、学修内容の蓄積による学修効果の向上、記録物の紛失・置き忘れの減少でしたが、参加した学生からは「記録時間が劇的に減少した」という意見が聞かれました。看護学生にとって記録は思考力を
向上させるために記録はなくてはなりませんが、睡眠時間を削る要因にもなっていました。記録時間の短縮によって生まれた時間を思考に充てられることは、大きな教育的メリットになり得ます。教員は「他領域の取り組みや運用方法が参考になった」と意見交換をする中で様々なヒントを得ていました。
さらに、指導者が学生の記録にコメントするといった状況も見られるようになりました。このシステムは学生と教員だけでなく、事前に登録した実習指導者も利用可能です。従来の紙媒体では実習時間内での閲覧は限られ、指導者が十分に確認する時間を確保しにくい課題がありましたが、クラウド化により、教員・指導者が「いつでも、どこでも」学生の学修進捗や内容を確認・コメントすることができるようになり、学生にとっては実践的な助言を得られることは大きなメリットにつながると考えます。それ以外にも教員からは、「記録が読みやすい」「記録の文章量が増えた」「記入漏れや誤りが把握しやすい」「実習要綱や記録用紙作成に係るコスト削減」「紙媒体の準備・配布の負担軽減」などの意見も得られています。
学生のICT リテラシー能力の向上にもつながっています。従来は、レポート作成、資料検索等をすべてスマートフォンで行う学生が多く、パソコン操作に不慣れなまま入職し、電子カルテ入力に苦労する者も見られました。実習記録の電子化は、臨床現場の記録実務につながる学修の機会としても位置付けられます。
4.本システム利用の課題
一方で、電子化・クラウド化に伴う課題も明らかになってきました。ハード面では、実習先の通信環境によっては実習中に入力できないことがあります。また、Wi-Fi ルーターのレンタル料金、システム利用料も必要です。その一方で、実習要綱や記録用紙の印刷費用は不要となりました。
最大の課題は、ネット上の情報を記録に容易にコピーできてしまうということです。臨地実習の中核は、患者の多面的な情報をアセスメントし看護問題を抽出し、計画を立案・実践することにあります。しかし、オンライン上で見つけた記述や、生成AI を利用した内容を十分吟味することなく安易に貼り付けることが可能な環境は、学生の思考過程を妨げ、ひいては看護の質の低下につながりかねません。
しかし、現代のDX 化は新たな価値を創出し、今後さらに発展していくと考えられます。だからこそ、その限界やリスクを正しく理解し、学修に適切に利活用できる力を育成する必要があります。「答えを得る」ためではなく、「考える力を深め、広げるための道具」としてICT を活用できる学生を育てるために、教育方法・評価方法の工夫が今後ますます求められます。学生とともに効果的な学修につながる運用を検討していきたいと思います。
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臨地実習システムを利用した学内演習の様子
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学生を交えたFD 研修会の様子
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