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福岡大学医学部看護学科

2025年度福岡大学 看護学・医学・薬学 多職種連携教育(IPE)シミュレーション型ワークショップ

2025年度福岡大学 看護学・医学・薬学 多職種連携教育(IPE)シミュレーション型ワークショップ

はじめに

 

 現代の医療者教育における「多職種連携能力」の育成は、教育の核となる重要なテーマである。その到達目標には、単に知識を得るだけでなく「他職種と共に、互いに、互いから学ぶこと」が掲げられており、学部教育のうちから実践的なスキルを磨くことの重要性が世界的に強調されている。医療が高度化・複雑化する今日、患者中心の質の高いケアを実現するためには、医師、看護師、薬剤師といった専門職が、学生時代から職種の垣根を越えて共に思考する機会を持つことが不可欠といえる。
 福岡大学は、医学部(医学科・看護学科)と薬学部(薬学科)の2 学部3 学科を擁し、主要な医療専門職を養成する基盤を持っている。この教育環境を最大限に活かし、3 学科合同の多職種連携教育(IPE)ワークショップを定期開催している。今年度は看護学科が当番学科となり、VR(仮想現実)技術とシナリオシミュレーションを融合させ、効果的な協働のあり方を肌で感じるための体験型プログラムを実施した。本稿では、その実践内容と、学生たちの反応について詳述する。

1.ワークショップの目的と到達目標

 
 ワークショップは、多職種連携の実際を深く理解し、現場で求められるコミュニケーションや意思決定、役割分担などの基礎的スキルを修得することを主目的とした。IPE 推進組織であるIPEC(Interprofessional Education Collaborative)が提唱するコア・コンピテンシーを指標とし、本プログラム独自の5 つの到達目標を設定した。
1) 多職種間で互いの立場と価値観を尊重し、患者中心の意思決定に寄与する態度を実践できる。(価値観・倫理)
2) 患者・家族の意向、生活背景、倫理的配慮を踏まえた退院支援の方向性を決定できる。(患者中心の意思決定)
3) 自職種の専門性を理解し、他職種の強み・限界を踏まえた適切な役割分担を提案できる。(役割・責務)
4) 必要な情報を整理して発信し、他職種の意見を受け取りながら議論を構築できる。(専門職間コミュニケーション)
5) 効果的なチーム運営のプロセス(目標共有・合意形成・役割整理)に主体的に関与できる。(チームワーク)

2.ワークショップの概要

 
 2026 年2 月27 日(3 時間)に開催したワークショップでは、公募により集まった3 学科の学生計49 名が参加した。内訳は、看護学科(3・4 年生)27 名、医学科(4・5 年生)8 名、薬学部(4・5 年生)14 名である。各学科の学年は、ワークショップの内容に対応できるそれぞれの実習経験に考慮し、各学科の世話人教員と協議して決定した。
 ワークショップでは、VR 技術による「視点の転換」と、シナリオシミュレーション(模擬カンファレンス)による「臨床推論の共有」を組み合わせた多段階的シミュレーション学習による学習体験を提供した。

3.学習のプロセスと学生の変化

 
①レディネス評価とIPE の概念的理解
 冒頭、参加者各自のIPE に関するレディネスを評価・共有した。多職種連携が、患者のアウトカムを最大化するための戦略的な協働であることや、期待される成果について共通認識を持つ機会をつくった。その後、多職種連携の目的、効果、方法、について共有した。
② VR 体験:患者家族の「目線」に立つ
 専門的な議論に入る前に「患者の息子」という当事者の視点で在宅医療の現場をVR 体験(一人称体験)させた。学生が、それぞれの専門的知識で考える前に、IPE の基本となる「Patient-Centered Care」の認識を共有し、「患者や家族がその場で何を感じ、何を不安に思っているか」を同じ視界で考え、ケアの原点に立ち返ることを意図した。
 通常、医療者は「客観的な情報」を収集することに特化するが、VR では、家族が感じる「説明の速さへの戸惑い」や「専門用語への疎外感」、「自宅で療養を続けることへの漠然とした不安」を、身体感覚を伴う「主観的な情報」として提示した。
 体験後のディスカッションでは、「平易な説明の重要性」といった表面的な気づきに留まらず、「家族に説明する前に、事前に各専門職同士で方針を固めておかないと家族を余計に不安にさせる」といった、連携プロセスの細部に関する具体的な洞察を示した。患者家族の目線に立つことで、議論の座標軸が「医療側の都合」から「生活者の実感」へとシフトすることができた。
③ 実践と対話:心不全患者の退院支援をテーマにした模擬カンファレンスで深まる多職種間の連携
 今回の教材として「心不全患者の退院支援」という、極めて多角的な介入が必要なシナリオを作成した。心不全は増悪と寛解を繰り返す疾患であり、薬物療法(薬剤師)、家族支援と生活指導(看護師)、治療方針の決定(医師)が密接にリンクしなければ、再入院を防ぐことが困難であるため、事例として採用した。参加者には、事前にA4 用紙2 枚からなる情報を提示し、以下のシミュレーション課題を提示した。
 あなたは、急性増悪で入院した心不全患者(70 歳代・男性)の退院カンファレンスを担当するチームの一員です。カンファレンスの目標は【退院後の安全な生活を保証すること】【再入院を予防するための多職種連携の方針を決定すること】の2 つです。自職種がチームのために役割をどう発揮するかを意識してカンファレンス(1 分間)に参加してください。シミュレーションでは、各学科 1 〜 2 名ずつの代表者にそれぞれの職種として実施してもらいます。
 1 回目のセッションでは、自分の職種の意見を伝えるだけで精一杯になり、情報の並列に終わる傾向が見られた。しかし、その後の振り返りを経た2 回目では、薬剤師役から看護師役へ「水分摂取量の把握」を依頼し、看護師役から医師役へ「今後の治療方針」を問い直すなど、「他職種の専門性を頼る・活用する」という双方向の対話が活発化していた。これにより、再入院予防を見据えた質の高い連携方針の策定に至った。

4.リフレクション:学科を超えた「リスペクト」の醸成

 
 ワークショップ後の振り返りでは、全学科共通して「他職種の役割への理解不足」という課題が浮き彫りになったが、それ以上に、互いの専門性への深い理解と敬意(リスペクト)が芽生えていた。
 看護学生からは「生活背景を一番知っているのは看護師。多職種に情報を共有し、患者さんの意思を尊重する調整役としての責任を強く感じた。」といった意見があった。医学生からは 「他学科の学生も専門的な研鑽を積んでいることを肌で感じた。将来、(VR に出てきたような)独りよがりな医師にならないよう、今日の感覚を忘れないようにしたい。」といった意見があった。薬学生からは 「薬の専門家としてのアイデンティティを再認識した。実習を前に、チームのために何ができるかを改めて勉強し直したい。」といった意見があった。

5.考察、今後に向けて

 
 ワークショップでは、はじめのVR による「共感的理解」が、議論の軸を「患者・家族の価値観」に固定できた。次の段階のシナリオシミュレーション学習を通して、職種の垣根を越えて対等に議論し、自身の専門性を再発見し、自職種の役割と将来への学習意欲高めることができた。
 本来、こうした多職種連携教育は正規カリキュラムとして必修化されることが理想である。しかし、各学科の過密なスケジュールの中で、その調整にはソフト・ハード両面で多くの課題が残っている。現在は自由参加という形をとっているが、今回得られた教育的効果は極めて大きく、学部教育における有効なモデルの一つになると確信している。
 今後は、限られた時間的制約の中でもさまざまな方法を駆使し、最大限の学びが得られるようさらに洗練させ、学生が「多職種連携の本質」を体験できる機会を継続的に提供していきたい。